12.ひこうき雲


よく晴れた、その日の朝。
涼は久しぶりに自分の育った児童保護施設の跡地を訪ねた。


施設のあった、あの双丘は、ただ見晴らしのよいだけの公園になっていた。
それぞれの丘の頂上に、東屋とベンチがあるだけ。
人目を避けて恋人達が、たまに訪れることがあるくらいの、閑散とした公園。

涼は、施設があった方の丘に登る。
ぽつん、と目立たずに立つ、小さな慰霊碑。
涼はそこに、小さな花束を手向ける。

それから、もう片方の丘へ。

海が一望できる、素晴らしく見晴らしのいい丘。

(ショウタ……。)

モトミヤショウタとの、悲しい思い出の場所となってしまった丘。

けれど、ここは。
あの加藤三郎と山本明との出会いの場所でもあった。

なんだか胸が痛くなる。

(ここは私にはまだ…辛いな……。)

涼は、そっと座り込むと両膝に顔を埋めた。

残されて嘆いて悲しんで……そして何かを繋げて、私は生きていく。
涼は、込み上げる想いを抑えるように、小さく喘いで胸を抱きしめる。

それから……。

芝生に仰向けに寝転んで、しばらくの間、ぼんやりと空を眺めた。

訓練に勤しむ戦闘機が、また飛んで来やしないかと、ちょっと思ってみる。
しかし、飛んでいるのは海鳥ばかりだった。


腹時計が、ぐう、と鳴いて、涼は苦笑した。
生きているんだな――と思う。

「さあて、と。」

涼は、ゆっくりと起き上がって服についた芝を払った。

あの日のように、ここでランチを――とも思ったが、もう一つ、行く場所があったので次の機会にすることにし、双丘を後にした。


「はい。涼ちゃん。今日は休み?」

定食屋の店主が、常連の涼に弁当の包みを渡して尋ねた。

「ウン、まあね。」

涼は嬉しそうに鼻をひくひくさせながら答えた。

「ねえ、あんた。もしかしてデート?」

店主が、くいっと顔を突き出して、ニヤニヤと意味ありげに笑って訊く。
涼は呆れ顔で肩をすくめた。

「まさかぁ〜。デートでお弁当一人分はないっしょ、おばちゃん。」
「そうだよねえ。なあんだ。」

とても残念そうな店主。

「ほいじゃね、おばちゃん。」

涼は店主に手を振ると、停めてあった年代モノの自転車の、ややひしゃげた前カゴに弁当を乗せて跨った。


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涼は、英雄の丘で自転車を降り、とめた。

ここに、あの加藤三郎と山本明の墓標がある。
涼は、まず二人の墓に花を手向けに行った。

(やまもっちゃんはともかく、花束ってガラじゃないよね、さぶちゃんは。)

なんだか牛乳が似合いそう――と涼は思って笑った。

そして。
丘の裏手の芝生に寝転んだ。

(ホントに今日はいい天気だな。)

正午を知らせるチャイムと共に弁当を開く涼。

「さっすが、おばちゃん。うまそう〜♪」

お手拭で手を拭きつつ、とても幸せそうな涼。

「あ。」

ふと、空を見上げる。

青い空を真っ直ぐにのびてゆく、白いひこうき雲。

(よう。元気でやってるじゃねえか。)

そんな声が聞こえたような気がして、涼の顔が、ふっ、と綻んだ。

胸のポケットからキーホルダーを取り出し、ギュッと握り締める。

「四郎も、頑張ってるかな?」


かけがえのない命との別れ。
そして、新しい出会い。

そのひとつひとつが、自分を生へと導いてくれたように思う。
孤独で頑なだった、あの頃の自分はもういない。

これからも多くの別れと出会いを数えていくのだろう。

でも。

彼女はもう、人を愛していくことを知っている。
再び迷うことがあったとしても。
きっと、真っ直ぐに歩いていくことだろう。

あの、ひこうき雲のように。



12.ひこうき雲 終了



■ ひこうき雲 End ■